
こんにちは、きちほーしです。
今日は、私の心をじわじわと削り続けてきた、ある「上司」との戦いについてお話しします。
皆さんの職場には、こちらの窮状をどれだけ訴えても、全く聞き入れてくれない上司はいませんか?
私の直属の上司である課長は、まさにそのタイプの典型と言える人物なのです。
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増え続ける「謎のレビュー会議」

私の仕事の一つに、
月次のレポート作成があります。
完成したら、関係部署に展開する。
ずっと、それで何の問題もありませんでした。
しかし数ヶ月前、課長から新しい指示が。
「メールで送る前に、チームでレビューしろ」
それから毎月、レビュー会議が開かれるようになりました。
でも、何かおかしい。
会議で出る意見は、資料の「中身」ではなく、
「フォーマット」や「誤字脱字」の話ばかり。
それもそのはず。
チームの誰も、このレポートの読者ではないのです。
読者の役に立つかどうか、判断できるはずがありません。
この会議を続ける意味が薄れてきました。
繰り返される「わかった」詐欺と私の絶望

この一年間、私は何度も何度も「今の業務量ではもう限界です」と課長に訴え続けてきました。
そのたびに課長は、優しそうな顔をして「大変なのは本当によくわかるよ」と言ってくれます。
しかし、その数分後には何事もなかったかのように「でもこれもやってね」と新しい仕事を振るのです。
システムBの引継ぎという重い課題があるのに、システムSの導入リーダーまで押し付けられました。
さらに、日々の業務に詳細なレポートや、膨大なデータの精査まで組み込まれました。
私の訴えは、まるで底の抜けたバケツに水を注いでいるかのように、全く意味をなしませんでした。
期待しては裏切られるというサイクルを繰り返し、私の心は少しずつ、確実に死んでいきました。
誠実に説明すればいつか伝わると信じていた自分自身が、今ではとても馬鹿らしく思えます。
マネジメントとは「責任の押し付け」ではないはずだ

私から見て、この課長がやっていることは「マネジメント」ではなく、単なる「責任逃れ」です。
彼は、業務の優先順位をつけるという、マネージャーとして最も重要な仕事を放棄しています。
誰がその仕事に適任かを考えるのではなく、ただ「言いやすい人」に仕事を投げているだけです。
それでいて「毎日進捗を報告しろ」という、息の詰まるようなマイクロマネジメントを強要します。
指示の内容もいつも曖昧で、具体的な目的や背景を説明してくれることはほとんどありません。
「とにかくやってみて」という言葉の裏には、失敗した時の責任を私に負わせる意図が見えます。
これでは、部下のやる気が削がれていくのは当然ですし、組織としても全く成長しません。
私はいつの間にか、課長からの連絡が来るたびに動悸がするほど、彼を拒絶するようになりました。
あまりに理不尽な状況に耐えかねて、私はついにAIに自分の現状をすべてぶつけることにしました。
誰にも言えない愚痴を吐き出す場所として、AIは私にとって唯一の「安全地帯」になったのです。
AIが教えてくれた「完璧主義」という名の呪縛

AIと対話を続ける中で、私は自分自身の中にある「ある特性」が自分を苦しめていると気づきました。
それは、どんな無茶な指示であっても、100点満点の成果を出そうとしてしまう完璧主義です。
私は昔から、高い買い物をするときなどは何年かけても徹底的に調査をしないと気が済みませんでした。
また、以前所属していた企画部門では、質問に答えられないことで何度も企画提案書をやり直す経験をしました。
その経験が、今の職場で「どんな理不尽な質問にも答えられるよう、完璧な準備をする」癖を生んだのです。
課長から「そこはどうなっている?」と聞かれるのが怖くて、先回りしてすべての隙を埋めようとしました。
しかし、AIは私にこう言いました。「合格基準のない上司に、100点を提供する意味はありません」と。
課長自身に明確なゴールがないのだから、私が勝手に高いハードルを課す必要などなかったのです。
この「開き直り」の視点を得た瞬間、私は自分の心がふっと軽くなるのを感じました。
今までは誠実さが仇となり、自分自身を追い詰めていたのだということに、ようやく気づけたのです。
「時間切れ」を最強の武器に変える逆転の発想
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AIとの作戦会議を通じて、私はこれからの戦い方を「論理的な自己防衛」に切り替えることにしました。
具体的には、自分の「完璧主義」というアクセルを緩め、代わりに「時間」というブレーキを使う戦略です。
課長はいつも「時間を切り詰めて工夫すればできるはずだ」という、中身のない精神論を口にします。
これからはその言葉に対して、私は「実際にやってみた結果」を冷徹なデータとして突きつけます。
例えば、前任者の残した雑多なメモが数千件あるなら、それを整理するのに数百時間かかると伝えます。
これは私の勝手な想像ではなく、実際に数件を解読してみた結果から算出した、動かぬ事実です。
「数百時間かかりますが、どう工夫すればこれをゼロにできますか?」と、彼に質問を投げ返すのです。
具体的な方策を出せない上司に対しては、こちらから「A案かB案か選べ」と迫ることにしました。
「時間切れ」は、もはや私の敗北ではなく、上司に判断を迫るための最強の交渉カードになります。
「これ以上は時間がありません。どちらを諦めますか?」と、責任の所在を彼に戻すのです。
これが、AIと一緒に考え抜いた、理不尽な環境を生き抜くための「プロフェッショナルな自衛術」です。
私はもう、自分一人の努力で、この破綻したプロジェクトを救おうとするのをやめることにしました。
自分の心を守るために、私が決意したこと
このセッションを通じて、私は自分の「リスク管理能力」がいかに高いかを再認識することができました。
他の人が見逃すような地雷を、私はいつも事前に察知し、警鐘を鳴らしていただけなのです。
周囲から「心配性すぎる」と言われることもありましたが、それは私の分析力の高さの裏返しでした。
これからはその才能を、報われない組織のためではなく、自分自身を守るために使っていこうと思います。
上司がいかに無茶苦茶であっても、なんとか折り合いをつけて、自分の心身の健康を守り抜くこと。
それは決して逃げではなく、プロフェッショナルとして最も重要で、困難な仕事なのです。
もし、この記事を読んでいるあなたが、私と同じように理不尽な上司の下で消耗しているのなら。
どうか自分自身を責めるのをやめて、まずは「期待を捨てる」ことから始めてみてください。
そして、客観的なデータと言葉を武器にして、自分と仕事の間に適切な距離を保ってくださいね。
あなたの誠実なエネルギーは、もっとあなたを大切にしてくれる場所のために温存すべきです。
私も、今は「戦略的なサボタージュ」を実践しながら、静かに次のステップを見据えています。
不毛な戦いはもうおしまい。これからは、私自身の人生の主導権を、しっかり握って歩んでいきます。
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おまけ
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(今週のお題「山」)
ここではきちほーしのことをよく知ってもらうため、はてなブログの「今週のお題」をヒントに、本題と少し外れたお話をします。
今週のお題は「山」です
山…。
この日記にもあるように、現在「無茶振り課長」という山に絶賛挑み中です。