
「あの上司、もしかしてヤバい人…?」
そう感じたことはありませんか?
一見、普通に見える。時には「良い人」にさえ見える。
でも、関われば関わるほど、なぜか心がすり減っていく。
そんな”毒上司”とも呼べる存在に、私は今、まさに直面しています。
これは、私と上司の終わらない禅問答の記録であり、
「この人の下で働き続ける意味って、本当にあるんだろうか?」
という、私自身の心の問いに、答えを探し求めた数日間の物語です。
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- 「誠実な人」という、淡い期待
- 誠実?腹黒い? 終わらない禅問答
- 衝撃の分析:「彼は、自己中心的な”未熟な上司”だ」
- 「この人の下で働く価値はあるのか?」という究極の問い
- 自分の価値は、自分で決める
- おまけ
「誠実な人」という、淡い期待

私の上司、仮にK課長としましょう。
彼は、一言で言うなら「よくわからない人」です。
ある時は、理不尽な指示で私を追い詰める。
かと思えば、後になって「すまなかった」と頭を下げることもあるのです。
以前、無茶な要求に私が反論すると、彼は怒りをにじませながら「やりなさい」と命令しました。
私は疲弊しながらも、なんとか成果を出しました。
すると数日後、彼は私の苦労を察したのか、「すまなかった」と謝罪してきたのです。
「なんだ、ちゃんと謝れる人なんだ」
その時、私は少しだけ、彼を信じかけていました。
間違いを認められるなら、きっと誠実な人なのだろう、と。
でも、心のどこかで、何かが引っかかってもいました。
「謝るくらいなら、最初から話を聞いてほしかったな…」と。
この、淡い期待と小さな違和感。
それが、彼の本質を見抜くための、長い旅の始まりでした。
誠実?腹黒い? 終わらない禅問答

その「違和感」は、日々の業務の中で、少しずつ確信に変わっていきました。
彼との会話は、いつも奇妙な禅問答のようでした。
「もっと意見を言ってほしい」と言うから意見を言うと、不機嫌になる。
「どんどん変えていけ」と言うから改善案を試すと、「従来のやり方でやってほしい」と言われる。
そして、問題が起きると決まってこう言うのです。
「コミュニケーションが足りないんじゃないか?」
まるで、すべての原因が私にあるかのように。
私は、混乱していました。
この人は、私を成長させようとしている「誠実な」指導者なのか?
それとも、巧妙に責任を回避し、私をコントロールしようとする「腹黒い」策略家なのか?
この問いは、まるで出口のない迷路。
考えれば考えるほど、私は彼の術中にはまっていくようでした。
自分がおかしいのか? 私の考え方が、未熟なだけなのか?
そんな風に、自分を責めかけていたのです。
衝撃の分析:「彼は、自己中心的な”未熟な上司”だ」
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この禅問答に疲れ果てた私は、ある時、自分の状況を客観的に見つめ直してみることにしました。
第三者の視点で、彼の言動を一つひとつ分析してみたのです。
すると、驚くほどシンプルな答えが見えてきました。
彼は、「誠実」でも「腹黒い」のでもありませんでした。
もっと厄介な存在、それは「自己中心的で、未熟なマネージャー」だったのです。
彼の行動原理は、とても単純でした。
「自分が困りたくない」「自分が気持ちよく仕事がしたい」「自分の評価が下がらないようにしたい」。
ただ、それだけ。
部下である私の気持ちや成長なんて、彼の頭にはありません。
悪気なく、無自覚に、自分の都合で部下を振り回す。
それは、計算された悪意よりも、ある意味でタチが悪いのかもしれない。
なぜなら、彼自身は「自分は部下のためを思ってやっている」と、本気で信じているフシがあるからです。
「この人の下で働く価値はあるのか?」という究極の問い

彼の正体が「未熟な上司」だとわかった時、私の心は不思議とスッと軽くなりました。
謎が解けたような、そんな感覚です。
しかし、同時に、もっと大きな問いが目の前に現れました。
「じゃあ、この人の下で、私は働き続けるべきなのだろうか?」
私は、自分の未来を想像してみました。
彼の下で、私は成長できるだろうか?
彼の下で、私は正当に評価されるだろうか?
そして何より、彼の下で、私は心穏やかに働き続けられるだろうか?
答えは、すべて「ノー」でした。
彼の下で磨かれるのは、ビジネススキルではありません。
上司の顔色をうかがうスキル、理不尽な要求をかわすサバイバル術だけ。
公正な評価は期待できず、自己肯定感はすり減っていく一方でしょう。
唯一、彼から学べることがあるとすれば、
「こんな上司にだけは、絶対になってはいけない」という、
強烈な反面教師としての教訓だけです。
自分の価値は、自分で決める
「この人の下で働く価値は、ない」
そう結論を出した時、私は、長い間さまよっていた迷路から、ようやく抜け出せた気がしました。
それは、悲しい結論ではありません。
むしろ、自分の未来を自分の手に取り戻すための、希望に満ちた第一歩でした。
誰かの下で働く価値があるかどうか。
その答えは、結局、自分の中にしかありません。
自分の尊厳を守り、自分の成長を信じられる場所。
そこが、私にとって本当に価値のある「舞台」なのです。
もう、彼の言動に一喜一憂するのはやめよう。
私は、私の舞台を探すために、静かに、しかし力強く、次の一歩を踏み出すことを決めたのです。
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おまけ
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(お題「気分転換」)
ここではきちほーしのことをよく知ってもらうため、はてなブログの「今週のお題」をヒントに、本題と少し外れたお話をします。
今週のお題は「気分転換」です。
本編で書いたように課長とのやりとりでかなりのストレスがたまってしまいました。
これを解消する方法の一つは「映画を見る」です。
非日常を味わうことによって現実の悩みを忘れさせてくれます。
私は滅多に映画を見ませんが、千円ちょっとと2時間程度の投資でストレスを軽減できるなら、やすいものです。