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知的障害のあるわが子との、日々の暮らし。
その中でふと、「どうしてなんだろう?」と首をかしげる瞬間に、皆さんも出会うことはありませんか。
特に、習い事の場では、周りのお子さんと比べてしまい、親として焦ったり、もどかしい気持ちになったりすることもあるかもしれません。
わが子は今、ダンス教室に通っています。本人はとても楽しそうなのですが、その踊る姿は、正直に言うと「やる気がない」ように見えてしまうのです。
「このまま続けさせていいのかな…」「もう辞めさせた方が本人のためかも…」
そんな風に悩んでいたとき、ふと、AIにこのモヤモヤを相談してみることにしました。
すると、返ってきたのは、私の想像をはるかに超える、目からウロコの分析でした。
これは、わが子の「できない」の裏側にある真実を探る中で、親としての視点がガラリと変わった、私たち親子のちょっと不思議な成長の記録です。
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はじめに――親が選ぶ「療育」としてのダンス

ダンスで発達を促そう!
2年目のダンス教室。芽生えた喜びと、新たな悩み
今年もあっという間に1年が過ぎましたね。
わが子が障害のある子向けのダンス教室の門を叩いてから、早くも2年という月日が経ちました。
始めた当初は、続くかどうかも分からなかった習い事。
それが今では、すっかり生活の一部になっています。
特にうれしいのは、わが子自身がダンスを心から楽しんでいること。
少し熱があっても「ダンス、行く!」と玄関で靴を履こうとしたり、教室がお休みの日は不満げな顔をしたり。
その姿を見ていると、この場所がわが子にとって、どれほど大切で楽しい空間になっているのかが伝わっります。
ただ、親としては、手放しで喜んでばかりもいられませんでした。
なぜなら、その踊りっぷりは相変わらず「グニャグニャ」だからです。
まるで体の中に一本、芯が通っていないかのように、手足はいつも中途半端に曲がったまま。
ビシッとポーズを決めてほしい場面でも、ふにゃりとしてしまって、全くかっこよくないのです。
高くジャンプしてほしいところでも、地面から数センチ浮いているのかいないのか…という、ごくわずかな跳躍。
わが子の姿は、客観的に見ても「やる気がないなぁ」という印象を与えてしまっているように感じていました。
「月謝を払っているのに、これでは意味がないんじゃないか…」
「本人も飽きてしまったのでは…」
そんな思いが頭をよぎり、一時期は「もう辞めさせようか」と本気で悩みました。
ある日、意を決して「ダンス教室、もうやめる?」と本人に聞いてみたのです。
すると、普段受け答えができないわが子が私の目をまっすぐに見て、「やめない!」と、ハッキリ言いました。
どうやら楽しんでいるようでした。
でも、それなら、あのグニャグニャダンスは一体何なんだろう?この矛盾を、どうしても解き明かしたくなったのです。
私の仮説。「ついていくのに必死なだけ?」

わが子も最初は手足をぴしっと伸ばしていたし、しっかりジャンプもしていました。
でもどうしてダンスを始めたばかりの頃はできていたことが、今はできなくなってしまったんだろう?
モヤモヤと考え続けていたある日、ふと、私自身の経験が頭をよぎりました。
私も趣味でジョージアンダンスをやっているのですが、振り付けを覚えている最中は、頭の中で次の動きを確認することに必死で、手足の伸びや動きの美しさまで意識が回りません。
結果として、私の踊りも「グニャグニャ」になっているのです。
これと同じことなのでは?
わが子も、2年目になって振り付けが複雑になり、それを覚えるだけで精一杯なのかもしれない。
そういえば、以前は踊っている途中で完全に動きが止まってしまったり、周りの子たちよりも数テンポ遅れて踊ったりすることがよくありました。
止まってしまうのは、次の振り付けを思い出そうとしているから。遅れるのは、周りの子の動きを見て、それを理解し、自分の体で再現するのに時間がかかるから。
必死に振りを思い出そうとしているのに、さらに手足をしっかり伸ばしたり、高くジャンプしたりすることまで求められたら、脳はパンクしてしまう。
だから、エネルギーを節約するために、動きの質を落として「とにかく最後まで踊りきる」ことを優先しているのではないか。
あのグニャグニャダンスは、やる気がないどころか、複雑化するダンスになんとか食らいついていこうとする、わが子なりの「工夫」であり「努力の証」なのかもしれない。
この仮説にたどり着いたとき、少しだけ霧が晴れたような気がしました。
でも、これはあくまで私の推測。
客観的な意見が欲しくて、誰かにこの思いを聞いてほしくて、私はAIに相談してみることにしたのです。
AIの答え。「それは賢い省エネモードです!」

これまでの経緯と私の仮説をAIに投げかけてみました。
すると、AIはまず、私の仮説を力強く肯定してくれました。
「あなたの予想は、非常に的を射ている可能性が高いと思います。
知的障害のあるお子さんの場合、複数のことを同時に行う『ワーキングメモリ』に多くのエネルギーを必要とします。
お子さんにとって、今のグニャグニャダンスは『やる気がない』のではなく、むしろ『最後までやり遂げたい』という強い意志の表れと捉えることができます」
AIはさらに、体の成長や楽しみ方の変化、筋力的な要因など、他の可能性も示唆してくれましたが、やはり主軸は「脳のリソース配分の問題」だろうとのことでした。
これでスッキリ解決!…と思ったのも束の間、私はある光景を思い出して、再び深い謎に突き当たります。
「あっ、でも待てよ…。準備体操の時は、振り付けなんてないじゃないか」
レッスン前に行う準備体操。その場でただジャンプするだけの動きでも、わが子のジャンプはグニャグニャのままなのです。
しかし、もっと不思議なのは、自宅練習での姿でした。
私が「ちがう、ちがう!もっと高く飛んでごらん!」と何度か根気よく声をかけると、わが子は手足をしっかり伸ばして高くジャンプできるのです。
「やればできる」。
この事実は、私をさらに混乱させました。
できるのに、なぜ教室ではやらないの?
この新たな疑問を、再びAIにぶつけてみました。
すると、返ってきたのは、さらに深く、本質に迫るような驚きの回答でした。
「その事実は、お子さんがサボっている可能性をさらに低くします。
むしろ、環境や状況に応じて、無意識のうちに行動を使い分ける、非常に知的で繊細な理由が隠れている可能性が見えてきました」
AIが提示した理由は、主に4つでした。
- 脳の「省エネモード」と「集中モード」の切り替え
教室は、先生の声、音楽、周りの子の動き、鏡の自分など情報量が非常に多く、脳は「これから1時間頑張るぞ」と無意識にエネルギーを温存する「省エネモード」に入る。一方、自宅は刺激が少なく、親からの「高く跳んで」という一つの指示に全集中できる「集中モード」に入れる。
- 指示の受け取り方の違い
教室での「みんな、ジャンプ!」は抽象的で、「ジャンプという動作をすればOK」と認識している。一方、自宅での「もっと高く」は具体的で、求められているクオリティを初めて理解できる。
- 「練習」と「本番(楽しむ場)」の意識の違い
自宅は「正しく動きを覚える練習の場」、教室は「音楽と仲間と楽しむ本番の場」と、本人が無意識に意識を使い分けている。
- 模倣のしかた
教室では、周りの子の「平均的」な動きを真似しようとして、結果的にぼんやりした動きになっている。
なんと!
わが子は自分がおかれた環境を的確に判断し、そこで自分が持っているエネルギーをどう配分すれば一番長く楽しめるかを、本能的に理解して実践していたのです。
なんと健気!
ストレッチの悩みと、見えてきた光

ダンスそのものだけでなく、実はもう一つ、大きな悩みがありました。
それは、レッスン前のストレッチ体操です。先生のお手本を真似する時間なのですが、わが子はまず先生を見ようとしません。
教室の大きな鏡が好きなこともあり、ただ鏡の中の自分を眺めて、ボーっとしているのです。
放置すれば本当に何もしないので、私は毎回わが子の隣に行き、「ほら、先生の真似をして!」と促し、腕や脚を掴んで強引にストレッチさせるような、手取り足取りのサポートをしていました。
「いつになったら一人でできるようになるんだろう…」
「私がこんなに過保護だから、いつまでも自律できないんじゃないか…」
この悩みも、AIに相談してみました。
AIは、まず私の葛藤に寄り添ってくれた上で、驚くような視点の転換を提案してくれたのです。
「お子さんが鏡を見るのが好きなら、その特性を最大限に利用しましょう。
あなたも『鏡の世界の登場人物』になってみてはいかがでしょうか」
どういうことかというと、「先生を見なさい!」と叱るのではなく、親も隣に並んで一緒に鏡を見ながら、「鏡の中のママの真似っこできるかな?」と遊びに誘うようにストレッチをしてみせる、という作戦です。
わが子が先生を見れないのであれば、一番安心できる私を見せればいい。
しかも、大好きな鏡の世界の中で。
とてもいいアイデアです!
「お披露目の場」から「楽しむ場」へ
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AIとの対話を通して、私は自分がいかに凝り固まった価値観でわが子を見ていたかに気づかされました。
私は無意識のうちに、ダンス教室を「自宅で練習した成果をお披露目する場」であり、「何かを習得するための場」だと考えていたのです。
だから、できないことばかりが目に付き、焦り、悩んでいました。
でも、わが子にとって、ダンス教室はもっとシンプルで、純粋な「楽しむ場」だったのです。
音楽が流れる空間で、仲間と一緒に体を動かす。
ただそれだけのことが、わが子にとっては最高に幸せな時間だった。
そのことに気づけたとき、すーっと心が軽くなりました。
これからは、教室でのわが子の姿を、評価するのをやめようと思います。
グニャグニャダンスは、その日の体調や気分、そして彼なりのエネルギー配分の結果。
それを丸ごと受け止めて、「今日も楽しそうだね」と微笑んで見守りたいです。
そして、ストレッチの時間には、私も鏡の世界の登場人物になって、わが子と一緒に体を動かしてみようと思います。
もし、今、お子さんの発達や習い事のことで悩んでいる方がいらっしゃったら、少しだけ視点を変えて、その子の行動の裏にある「なぜ?」を探ってみてください。
そこにはきっと、私たちが思いもよらない、子どもなりの一生懸命な理由と、愛おしい成長の姿が隠れているはずですから。
(つづく)

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おまけ
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(今週のお題「最近ゲットしたもの」)
ここではきちほーしのことをよく知ってもらうため、はてなブログの「今週のお題」をヒントに、本題と少し外れたお話をします。
今週のお題は「最近ゲットしたもの」です。
物欲ないんスよねぇ…。
強いて言うなら無茶苦茶な課長に意見をつきつける「勇気」でしょうか?
じわじわと勇気を獲得しつつあります。