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「このまま毎日、知的障害のあるわが子に勉強を教え続けて、本当に意味があるのかな?」
最近そう思うことが多くなりました。
家庭での学習習慣を大切にしているけれど、日々の手応えは小さく、目に見えた成果につながらず、不安ばかりが積もっていきます。
まわりの“正解”や“常識”に振りまわされがちな子育て
――でも、大事なのはわが家に合った“納得の学び方”なんだと実感する場面が、迷いのなかに増えてきました。
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悩みのはじまり――“意味があるのか”という問い
毎日、夕食前に1時間――。
わが家では、知的障害があるこどもと一緒に、算数・国語・ダンス練習というルーティンを続けています。
「すらら」というオンライン教材を導入し、サポート役として一緒に進める日々。
きっかけは、こどもが家に帰るとゴロゴロしてYouTubeばかり観ていたこと。
健常の子は習い事に勉強に勤しんでいるのに、知的障害だからって我が子は“これで大丈夫なのか?”
という焦りから始めた学習習慣でした。
でも、いくら続けても「このまま勉強をやり続ける意味はあるの?」という疑問が拭えなくなるときがあります。
進学や将来の自立――そういった大きな目標にとっては、今やっていることが本当に役立っているのかどうか……自信が持てません。
わが家の家庭学習ルーティン
わが家流の学習時間は、だいたいこうです。
まず、20分間の算数。
「すらら」を利用し、今は掛け算を勉強している真っ最中。
足し算はほぼできる、引き算は7割くらい、掛け算も数はこなしています。
ただ、計算があっているかどうか、いちいちこちらの顔色をうかがわないと次に進めないのが正直なところです。
テストはさせたことないですが、もし受けたらせいぜい20点くらいになるかな。
続いて20分間の国語。
以前は「すらら」を楽しくやっていましたが、教材の漢字が読めず詰まることが多発。
そこで漢字を教えることにしました。
1・2年生の漢字はざっと教えられたものの、読みも書きもなかなか定着しません。
「これは何と読む?」と指しても、ほとんど読めない。
書き取りをやらせても、部首の形やバランスがバラバラで、本人も“どこかで見た”以外には特に記憶が残らない様子です。
最後の20分はダンスの時間。
これは先日お話したので省略。
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【わが子の成長記録】知的障害児のためのダンス教室体験記 ~「できた!」が増える工夫と苦悩~- 知的障害キチノ療育日記('25/06)1
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知的障害児キチノの「できない」を「やってみる」に変えるまで1~療育ダンス教室の“続ける価値”と親のまなざし~- 知的障害キチノ療育日記('25/06)2
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知的障害児キチノの「できない」を「やってみる」に変えるまで~療育ダンス教室の“続ける価値”と親のまなざし~- 知的障害キチノ療育日記('25/06)3
目に見える成果と、つきまとう不安
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勉強を続けていると、小さな“成長”に気づけることもたくさんあります。
「小1の漢字だけど、読めるようになった」
「わからない漢字の読みは、“これは何?”と自分から聞けるようになった」
こんな具合に、“まったく意味がない”わけじゃない。
これまでどおり音読だけに頼っていた頃は、同じ漢字を何度出してもそもそも関心さえ持たなかったのに、今は“見たことある”“読んでみたい”という姿勢が出るようになったのは、大きな変化だと思います。
けれども、「学習内容がしっかり身についた」という実感はなかなか生まれません。
- 文章読解問題は、本文を声に出せても、なぜその答えになるのか自力で考えることは難しい
- 計算手順も定着せず、「おおざっぱにやる」「間違いに気づかない」「サポートがないと進めない」
- 繰り上がりのある足し算など、“前にやった内容”を改めてやらせてみると、ヒントを出さないとできない。
結局、本当に身についているのはごく一部で、しかも学習の進度も非常にゆっくり。
「このまま続けても将来グループホームや施設で生活することになりそう。
それなら今勉強しても大差ないのでは?」
……そんな悲観的な気持ちから、「実は自己満足でやらせているだけなのかも」と不安になることも正直あります。
パートナーとの違い――復習をめぐって
この悩みをパートナーに打ち明けると、「あなたは単元を復習せずにどんどん先に進めてしまうけど、もっと復習したらどう?」とアドバイスされました。
でも、実は私は以前「同じ問題・漢字・計算を繰り返し復習して定着させる」方式にも挑戦したことがあるんです。
具体的には、
- 漢字の問題を出して、答えられなかったら書き取りをやらせる
- 何度も同じ問題を繰り返し出題する、3回目も4回目もできなければまた次の日も…というやり方
ところが、全然覚えられない。
繰り返しているうちに、本人も嫌気がさしていきました。
“できないまま”に何度も直面すると、今度はチャレンジそのものが嫌になってしまう様子。
これでは一生漢字をマスターできないまま、負担だけが大きくなる、と思い、そのやり方は思い切ってやめてしまいました。
漢字の書き取りスキルをぐいぐい上げるよりも、「見たことがある」「雰囲気でこれだってわかる」感覚がつけばいい。
それなら、漢字混じりの文章を繰り返し読ませる中で、出てきた漢字ごとに「これは○○と読むんだよ」とその都度教えていけば、拾い読みレベルでも読解力の足しになるだろう――
そう期待して現在のやり方に落ち着きました。
算数も、計算手順や意味まで完璧に覚えるのはあきらめて、今は「足し算・引き算・掛け算がどんなものか、ざっくり雰囲気をつかんでほしい」と割り切っています。
現代社会は電卓があるから、分からなければ機械に頼ればいい、でも「電卓が何をしているのか」が何となくでもわかれば大きな進歩です。
パートナーの「復習してみては?」という言葉も頭では否定しきれず、でも“できるまで繰り返す”が本人の負担になっているのも事実。
どうしたらよいのか、この数年間、気持ちは揺れ動いてきました。
(つづく)
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おまけ
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(今週のお題「部活」)
ここではきちほーしのことをよく知ってもらうため、はてなブログの「今週のお題」をヒントに、本題と少し外れたお話をします。
今週のお題は「部活」です。
「部活」ネタが枯渇してきたので、テーマを拡大解釈して、わが子の習い事について。
本当はわが子に絵を習わせようかなんてことも考えています。
絵はほうっておいても勝手に描いているので好きなのかなと。
ただ、ダンスももともと好きだったけど、習わせてみるとあまりやらなくなりました。
こういうことがまた起こると思うと、安易にならいごとさせられませんよね…。